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乱歩の最高傑作「押絵と旅する男」に秘められたもう一つの恋

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あなたが良いと思った小説と著者名を教えてください

江戸川乱歩押絵と旅する男

なぜ、その小説を読むことになったのでしょうか?

江戸川乱歩と私の出会いは、当時多くの子どもがそうであったように「少年探偵団シリーズ」でした。ポプラ社から出ていたシリーズは、小学生の男子に大人気で、学校の図書館で借りるのも順番待ちだったことを覚えています。少年探偵団に夢中になり、明智小五郎に憧れ、怪人二十面相にどきどきした、それが私の「乱歩体験」でした。 その後、しばらく、乱歩とは「疎遠」になっていました。「再会」は高校時代。「乱歩の大人のための小説」を読むようになったのです。大正12年のデビュー作「二銭銅貨」に始まって、「D坂の殺人事件」「心理試験」「屋根裏の散歩者」「赤い部屋」などなど。

 

初期の本格探偵小説を夢中になって読みふけったものです。 そして、その少し後にめぐり合ったのが「押絵と旅する男」。これは、純粋な意味の探偵小説(推理小説)ではありません。幻想小説のジャンルに属するもので、後になって知ったのですが、探偵小説の執筆に行き詰まった乱歩が、昔書いた習作を、雑誌に穴を開けないために発表した、とのこと。つまり、乱歩にとっては苦し紛れの発表だったわけです。 彼はあくまで「本格推理」にこだわっていて、ですから、「押絵と旅する男」の発表は不本意だったのでしょう。しかし、その完成度は非常に高く、今日では「江戸川乱歩の最高傑作」というのが定説のようになっています。

その小説を読んで良かったと思う感想

そうした事情はまったく知らずに読みましたが、読了後、まるで白昼夢を見ているような気持ちにさせられたものです。時空を越えた小説政界に引き込まれ、まるでその世界の住人になってしまったかのような錯覚を、読み終えた後にも感じたのです。 あらすじを簡単に説明しておきます。主人公の「私」は乱歩自身と考えていいでしょう。「私」は能登半島魚津まで、蜃気楼を見るために東京から一人旅をします。冒頭、その蜃気楼の描写がかなりていねいにされますが、物語の本筋とは直接関係ありません。蜃気楼の描写を通じて乱歩が表したかったのは、「ものの見え方の不思議さ。幻視の魅力と恐ろしさ」だったのではないでしょうか。 さて、その旅の帰り。

 

東京へ向かう列車で、「私」は一人の男と乗り合わせます。黒い古めかしい背広を着た「西洋の魔術師のような」痩せぎすな男は、40歳とも60歳とも見える不思議な印象の人物です。 その男は大きな平たい風呂敷包みを席の脇に立てかけている。「私」が「なんだろう」と興味を示し、男の下へ行きます。男は「あなたが来るのを予見していた」というような不気味なセリフを口にし、その荷物を見せます。それは、大きな「押絵」でした。 押絵(今でも羽子板で見る、立体的な細工絵)に描かれているのは二人の人物。振袖姿の「八百屋お七」と、黒い洋服を着た初老の男。どうしてそんなミスマッチの男女が描かれているのか。男はなぜ、そんなものを持って旅をしているのか。「西洋の魔術師のような」男が、物語り始めます。 物語の主人公は、男のお兄さん。時は明治28年、お兄さんが25歳の時の「恋わずらい」の話です。お兄さんの様子がどうもおかしい。毎日一人でどこかへでかけて行っては、帰ってきてため息ばかり。食事もろくにとらない。心配した「私」(ここでは魔術師のような男)があとをつけていくと、たどり着いたのは「浅草十二階」。正式には「凌雲閣」という、12階建ての当時の「高層ビル」の屋上です。 お兄さんに詰問すると、「以前、ここから遠眼鏡(双眼鏡)で浅草の町を覗いていたら、人ごみの中にとんでもない美少女が一瞬見えた。それ以来、彼女のことが忘れられなくなった」といいます。つまり古風な「恋わずらい」というわけです。 それがどうして、「八百屋お七」の押絵につながるのか。

 

振袖姿のお七といっしょにいる「黒い背広の男」は何者なのか。これ以上はネタバレになりますし、初めて読む方の興をそぐことになるでしょうから、あらすじ説明はここまでにしておきましょう。 「私」が語り手の一人称独白体でありながら、物語の核心部分は、もう一人の「私」、すなわち列車に乗り合わせた「魔術師のような男」が語る、という二重構造。冒頭から漂う「幻視」の雰囲気。乱歩独特のねちっこい文体。どれをとってもおもしろく、後半は息を継ぐ間も惜しいような気になって、一気に読み終えてしまいます。

その小説がオススメだと思う方は誰?

現実に疲れ、「夢を見たい」と思っている社会人におすすめしたい「ちょっとこわいファンタジー」です。こわい、といっても何か事件が起こるわけではまったくありません。「人間の心の不気味さ」がちらりと覗く、そんなファンタジーなのです。 それだけに、10代の人より、20代、30代の人におすすめしたい作品です。

これからその小説を読もうと思っている方へのアドバイス

物語の鍵を握るのは「遠眼鏡」。前半で、男に遠眼鏡で押絵を見るように言われた「私」が、うっかりメガネを逆さにして覗こうとすると、男は真っ青になってこう叫びます。「いけません。いけません。それはさかさですよ。さかさに覗いてはいけません。いけません」 この件を意識して、読みすすめるといいでしょう。そして、これは私の私見ですが、この作品には「お兄さんの恋わずらい」とは別の「隠された恋」があるのではないか、と思っています。それは「魔術師のような男」の恋。その対象はだれなのか。・・・そんなことを「推理」しながら読んでみるのもおもしろいのではないでしょうか。

 

カンタンな自己紹介・プロフィール

埼玉県、56歳、男性。妻と二人暮らしの自営業者です。