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私小説の最高峰『死の棘』がお勧めです。

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あなたが良いと思った小説と著者名を教えてください

島尾敏雄『死の棘』です。

なぜ、その小説を読むことになったのでしょうか?

私の出身である福岡にゆかりのある島尾敏雄の作品を何か読みたいと思っていたところ、『死の棘』という奇抜なタイトルに引かれて、読むことになりました。

その小説を読んで良かったと思う感想

『死の棘』は私小説の最高峰です。 私小説であるからには、その作品が書かれることになった背景を理解しておく必要があります。 作家、島尾敏雄が妻ミホと出会うことになったのは、太平洋戦争中の奄美大島ででした。 当時、九州大学文学部の学生だった島尾敏雄は学徒出陣により帝国海軍に招集され、「震洋」部隊に隊長として奄美大島に配属されます。震洋とは小型船舶に爆弾を取り付け、敵艦に体当たり攻撃を試みる特攻部隊です。 奄美大島はアメリカ軍が上陸せず、守備隊の日本軍が震洋部隊しかいなかったため、戦地となった沖縄と異なり日本軍と現地住民の関係は良好でした。

 

そんな中、若い隊長の島尾敏雄は現地住民の娘であるミホと恋に落ちます。 住民達は、若い兵隊がみな特攻隊員であり近い将来死ぬ予定であることを知っていたため、二人の関係は公然の仲となるものの、暖かく見守られることになります。 それからしばらくして、いよいよ震洋部隊に出動命令が下されるのです。 アメリカ海軍の艦船が視界に入れば突撃しなければなりません。 爆弾の信管をチェックし、燃料を補給し、いよいよ出撃というその時に、ある知らせが届きます。ポツダム宣言受諾の知らせです。 日本が戦争に負け、平和が戻り、島尾敏雄は出撃することなく晴れて生きて、ミホと結ばれることになります。 ハリウッド映画であれば、ここでハッピーエンドの幕切れとなるわけですが、『死の棘』はこの10年後から始まるのです。 このような劇的な関係を通して結婚した二人は、上京し、島尾敏雄は中堅作家として活躍し始めています。さらに二人の間には一人娘も誕生しています。 しかし、あることを契機に二人の関係は一気に瓦解に向かうのです。

 

何が起きたか? ミホが敏雄の日記を読んでしまったのです。 そこに何が書かれていたのか。 現在で言えば、携帯を覗いてしまったというようなものでしょうか? 夫の日記を読んだことからミホは普通の人であることを止め、修羅と化します。 それまで甲斐甲斐しく夫に仕え、夫の言うままに生きてきた女性が、眠ることを止め、一日中夫を非難し続け脅迫し、暴行を加え、真実を吐けと圧力を加え始めるのです。 さらにミホは母であることも止めてしまいます。 小さな娘が腹を空かせて家の中を彷徨っているのを見ても何も感じなくなり、家事の一切を放棄し、夫の責任追及に明け暮れるようになるのです。

 

日記が見られた瞬間に力関係が逆転してしまった夫は、妻の言うがままの隷属的な地位に置かれてしまいます。 腹を空かせた娘に小遣いを持たせ、駄菓子屋で夕飯代わりのお菓子を買ってこさせ食べさせます。眠れなくなった妻の言うがまま、彼女に水を浴びせかけ、どうにか彼女の頭の熱を冷まそうとし続けます。 しかし、修羅になってしまった妻は、もはや普通の女性に戻れなくなっているのです。 この小説は500ページに及びますが、最初から最後まで修羅場が続きます。 今の私たちの知識からすれば、妻ミホに起きている現象は、おそらく統合失調症の発症で精神病なのだと理解できるのですが、舞台は昭和三十年代の日本です。まだ日本が途上国だった時代の頃の話なのです。

 

二人は病院にも行きますが、原因がわからず、ミホには回復の兆しは見えません。 そして敏雄はその事の原因が自分にあることの責任を感じつつ、そのすべての過程を小説に仕立て上げているのです。 私小説は、作品内の登場人物が現実の人物と一致し、フィクション性が薄い分、現実に起きている内容が悲惨で壮絶でなければ面白くないという傾向にあります。 通常、日本の私小説では貧困が主テーマになることが多いのですが、『死の棘』は徹頭徹尾、夫婦間の男女問題に尽きるのです。 妻は叫びます。

 

「私はあなたしか男を知らないのに、あなたはどれだけの女と寝てきたの? すべて残らず白状しなさい」 そしていくら夫が謝罪したところで、もはや壊れてしまった妻には夫を許す方法がわかっておらず、二人は元通りの生活に戻ることが出来なくなっているのです。 この小説では夫婦が共に地獄に落ちていく様を描いています。そして夫婦が共に同じ地獄に落ちていくこと、そこに逆説的ながら夫婦の絆を感じてしまい、最後の最後まで救いがないエピソードが続くにもかかわらず、読み進めていくと、そこに不思議な神聖さ、清らかさのようなものを感じてしまう、そういう希有な小説に『死の棘』はなっているのです。

その小説がオススメだと思う方は誰?

『死の棘』は作家自らの不幸話を赤裸々に描き続けた私小説です。したがって、スキャンダルや芸能ネタが大好きな方にお勧めです。描かれている内容は、グロテスクとも言っていいほど切迫し、他人事としてみるには楽しめるものの、自分の身に置き換えれば到底耐えられそうもないというエピソードが続きます。ワイドショーが好きな方には特にお勧めできる作品です。

これからその小説を読もうと思っている方へのアドバイス

『死の棘』比較的古い小説で、舞台は昭和30年代です。描写対象の東京はインフラ整備が進んでおらず、釜戸でご飯を炊いて桶で洗濯をしている、そんな風景が広がっています。言葉がいささか古臭く、読みづらく感じるかもしれませんが、何が起きているかは丁寧に読んでいけばしっかり把握できるため、ゆっくり着実に読んでいくことが大切になります。

 

カンタンな自己紹介・プロフィール

福岡在住38歳独身男性。法人営業の仕事に従事しています。