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音楽的構成の美しい小説「美しい村」

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あなたが良いと思った小説と著者名を教えてください

堀辰雄「美しい村」

なぜ、その小説を読むことになったのでしょうか?

初めて「美しい村」を読んだのは、高校生の時。当時、私は文学にハマっていて、かなりの読書量でした。中心は日本近代文学でしたので、「文学史の流れ」の中で、堀辰雄の作品をいくつか読み、その一つが「美しい村」だったのです。 そのころは、私にとって堀辰雄は特別な存在ではなく、「美しい村」の読後感も、「リリカルで描写の美しい、感じの良い作品」といった程度でした。 それからしばらく、堀作品とは遠ざかっていたのですが、二度目の出会いが、私にとっては強い印象を残すものになりました。

 

それは、「結婚」です。私は二十代後半で結婚。新婚旅行は軽井沢でした。妻が「まだ一度も行ったことがないから、ぜひ、軽井沢へ行って、高原の別荘地でゆっくり過ごしたい」と切望したのです。 私は軽井沢は二度目。学生時代サークルの「合宿」と称した遊び旅行以来のことになります。それで、ふと頭に浮かんだのが「堀辰雄」。「若いころから結核に苦しみ、高原のサナトリウムで療養したり、軽井沢を舞台に小説を書いた、リリカルな作家」という高校時代の知識から、「軽井沢といえば堀辰雄」という連想をしたのです。

 

なにしろ新婚旅行。テンションは最高潮ですから、堀作品を改めて読んでみました。そしてわかったのは「堀辰雄は意外と軽井沢を描いていない」ということ。純粋に軽井沢を舞台にしているのは、「美しい村」ぐらいなのです。 それで「美しい村」を再読し、その音楽的なしゃれた構成、どこまでも美しい描写、そして意外な「前向きな明るさ」に感銘を受けました。「大好きな小説」になった瞬間です。

その小説を読んで良かったと思う感想

「音楽的」という表現をしましたが、この作品の最大の特徴はその構成でしょう。これは、作者がバッハの「ト短調の小遁走曲(フーガ)」に着想を受け、「主題とその応答、転調」によって作品が展開していくという音楽の手法を、小説に取り入れることを図った作品なのです。 ですから、大きな事件などは小説内で起こりません。主人公の日常が「フーガ的」に描かれて、そこに主人公の心の変化が対応、最後に転調がある、という構成になっています。 簡単に内容を紹介しておきます。作品は四つの章に分かれています。最初が「序曲」。ここは、「K村(軽井沢)」に滞在中の主人公が知人にあてた手紙という体裁になっています。 第二章の「美しい村 或は小遁走曲」からが、小説の本題になり、第三章「夏」、最終章「暗い道」と続きます。

 

K村の別荘地を訪れている主人公の「私」。6月初旬でまだ「シーズン」ではないので、別荘地に人影はありません。毎日あちこちを散歩しながら、内省をくりかえす毎日です。「私」は小説家で、健康は取り戻しながらも、精神的に傷ついている状態。その中で、新しい小説の構想を練っています。 ある日の散歩中、チェコスロバキア公使の別荘からピアノが聞こえてきました。それは、バッハの「小遁走曲」。それを聞いたとき、「私」は「魔にでも憑かれたような薄気味悪い笑いを浮かべだしていた」といいます。つまり、このクラシック曲に着想を得て「フーガ的小説を書こう」と考えるのです。 村人や、過去に会った人を登場人物にできないか、と考える。以前、別荘に住んでいた西洋人のふたごの老姉妹を思い出す。

 

一人は頭の中の小説世界に登場しているけれど、もう一人はその中に入ってこない。・・・そんなふうにして、「私」は構想を練りながら、散歩をくりかえします。このあたり、「作家の頭の中」が除き見えるようで、興味深いところです。 第三章「夏」で、曲は転調します。そこに一人の少女が現れるのです。称して「向日葵の少女」。「私」のいつもの散歩道で、少女が一人油絵を描いているというのが、最初の出会い。とはいっても、急に恋愛劇のような展開があるわけではありません。 「私」は少女に好意を持ちますが、それも「おとなしい好意」ですし、少女からのアプローチなどはありません。「つかずはなれず」という、微妙な関係で、「私」も少なくても表面上はプラトニックな行動にとどまります。

 

そして、最終章。ここで、再び転調します。「曲調」が暗くなる。つまり、それ以前はずっと、昼の明るい光り中で描かれていたのが、急に、夜のシーンになるのです。 が、曲調は変っても、「私」と少女の関係にドラマティックな展開はなく、そのまま小説は静かに幕を下ろします。 個々の描写が美しく、明るい、というのがこの作品の最大の魅力。そして「音楽的構成」という新しい発想も、ほぼ成功したといえるでしょう。読後感のなんとも静かな、そして美しい小説です。 なお、「向日葵の少女」は、のちの作品「風立ちぬ」のヒロインとして、再登場します。

その小説がオススメだと思う方は誰?

青春文学ですから、高校生、大学生におすすめなのはいうまでもありません。しかし、私のように、結婚するぐらいの年齢になってから読むと、さらにしみじみ、文章を味わえるように思います。 たとえば、リタイア後に田舎暮らしを始めた老夫婦や、それを考えている熟年世代が読めば、みずみずしい青春と「牧歌的小説世界」を、より楽しめるのではないでしょうか。

これからその小説を読もうと思っている方へのアドバイス

まずは、その自然の描写をゆっくり味わってください。そして、その風景をリアルに想像してみてください。光りと影、渡る風。静かな別荘地。そして、軽井沢。それを実感できたら、完全に小説世界の「住人」になることができます。

カンタンな自己紹介・プロフィール

埼玉県在住、男性、56歳、自営業。2人家族(私と妻)。